​その11

することになったのは偶然なのでしょうか。それともなんらかの意味があるのでしょうか。

 

第九章 思いを受け継いで

 牧野先生の突然の死によって、失われたものの大きさを改めて知らされました。インドに来て牧野先生がおられないことがどういうことなのかよくわかりませんでした。これまではインドのなかでの移動には必ず牧野先生の姿があり、汽車に乗り、ジープに乗り、川を渡り、山を越え、いくつもの村々を訪れ、ずっと一緒に行動をともにしてきたのです。現地の人々との会話も牧野先生を通じてでしたし、インドの社会や生活、政治や経済状況にいたるまでさまざまなことを教えていただいてきました。私にとってインドの視察と牧野先生の存在はもはや一体のものとなっていたのです。

 ダスグプタさんのインドの農村や人々への思い、福岡先生の粘土団子による緑化への思い、牧野先生の日印の交流への思い。それらの思いに触れ、その謦咳に接し、それぞれの思いが交錯するその場を共有できたことは奇跡のように思えてきます。牧野先生が逝ってしまわれた今、インドの広大な大地にひとりで取り残されたように思われてきます。どこまでも広がる大地。田園。たくましい樹木。さまざま鳥や動物。そして牛。それらはすべてが生命力に溢れ、強い太陽の光を反射するように活き活きと輝いています。

 この出会いの物語はこれからどんな糸を紡ごうとしているのでしょう。そしてどんな模様が描かれていくのでしょう。その問いはゆっくりとそして確

実に私のなかで根を張ってきています。その答えを見つけに歩んでいかなければなりません。                    (星  正)

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